絶望を超えて~インドでの出会いから(nida’s newsletter- no.63-より)

*こちらの記事は 2018.03.30配信の,nida’s newsletter~ living in the moment ~- no.63-より抜粋して引用したものを以下に掲載しています。


あまりにもいろんなこと,いろんな変化が重なっているので,

インドにいたのがずいぶん昔のような感覚なのですが,

まだ帰国してから2週間経っていない事実に改めて驚いています…


さて,インド滞在中,Naoちゃんに会いに行くのに,2時間電車に乗ったときのこと。

向かい合わせのシートにほぼ同世代のインド人男性が座りました。


最初は大して話もしていなかったのですが,

旅の後半1時間くらいでしょうか,ずいぶんとまあ哲学的な話をし続けました(笑)


彼は,もともと物理学が専門で,かつては大学で教えたりもしていたようですが,給料が低すぎてやめたと言っていました。

そのほかの学校や会社もいろいろと転々としているようでした。


彼は,わたしがヨガや瞑想を学びにインドに来ているのがわかると,

瞑想は何のためにするのか,などをはじめとする質問や,自身の経験,それに基づく考えをシェアし始めました。


一番印象的だったのは,彼が,

「僕は神を信じていない。自分自身のことも信じていない。自分の文化も嫌いだ」と

スッパリ言ったことです。

「すべてが神だと言うのなら,なぜ裕福な人間と貧しい人間がいるんだ?

それが知りたい」とも。


いわば「すべてが神(大いなるもの,Shiva,宇宙…呼び方は何でもいいんですけど)」

というヨガの考え方で人生が大きく転換し,こうしてインドにまで来ている外国人のわたしと,

ヨガやインドに希望を見出せないかのような,深い悲哀が漂うインド人…

何とも興味深い対比でした。


「幸せ?」って聞いたけれど,

彼の答えはNoでした。いつも自分の中に痛みがある,と。


彼は,こんな話もしていました。


僕は,「いい」ことをすべきなのか,「悪い」ことをすベきなのかわからない。

いいことをしていても,人生は良くならない。

悪いことをすれば,後ろ指を指される。


要は,どっちにしたってうまくいかないじゃん,一体どうやって幸せになれと,

どうやったら自分が神だと感じられるって言うんだよ,って言いたいわけです。


たとえば,彼は奥さんと小さな子どもがいるようでしたが,

奥さんとは色々と口論になることもあるようで。

「幸せな結婚生活」とは感じていないようですが,かと言って(特にインドでは)離婚も難しい。

子どもの教育にはお金がかかる…などなど,「人生八方塞がり」という様子でした。


あなたなら,彼に何を話しますか?

どんな言葉をかけますか?


わたしも,ヨガから学び,経験し,信じていることを語りましたよ。

「彼の文化」をお返ししましたよ。


でもね,なかなか届きません。


だって,彼からしてみればね,わたしは所詮「海外旅行に行ける余裕のある恵まれた外国人」だからです。


なかなかに修行なシチュエーションでしょ?(笑)


でも,最後に一つだけ,この話をした時だけはちょっと違っていました。


『バガヴァッド・ギーター』です。

「人事を尽くして天命を待つ」です。


  あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。

  行為の結果を動機としてはいけない。また,無為に執着してはならぬ。(2-47)

  アルジュナよ,執着を捨て,成功と不成功を平等(同一)のものと見て,

  ヨーガに立脚して諸々の行為をせよ。

  ヨーガは平等の境地であると言われる。(2-48)
 


奥さんにイライラするのも,お金が思うように手に入らないから絶望するのも,

全て自分が持っている「見返りへの期待」の裏返しでしょう?


でも,わたしたちができることっていつも,自分の最善を尽くすことしかない。

他にできることなんてない。苦しい時もうまくいかない時も同じ。

それでもダメなものはしょうがない!(笑)

ダメなら,ああ,そうなのね,で終わり。

それでも意外と死なないから,今日も生きてるじゃん! みたいな(笑)


だから,最大限できることはして,あとは手放す。

わたしは,これで人生が本当に大きく変わった。ラクになりました。

これは,わたしにとって,ヨガからいただいた最高のギフトなんです。

…と。


この時だけは,彼も「ああ,そうだね」と何かが少し響いている表情が見えました。


それからほどなく目的の駅に着いて,わたしは電車を降りました。

彼は,スーツケースを降ろすのを手伝ってくれました。


絶望の瞬間,もうどこへも行けないのではないかと感じる瞬間は誰にでもやって来ると思うのです。


『バガヴァッド・ギーター』自体がそう。物語はアルジュナの絶望から始まります。


そして,本当にヨガが始まるのはまさにそこからなのだと思うのです。

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こちらの記事は毎週金曜配信のnida’s newsletter ~ living in the moment ~より一部抜粋です。
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