all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想5

yukariさん

こんにちは!

私をめぐる旅を終えてー

幸せになるための答えをすぐ欲しかった私は,
6回の「〈わたし〉をめぐる旅」を始めるのに少し躊躇していました。

正直 時間がかかりそうだなとか哲学なんて難しそうだし面倒くさそうだな、とか(笑)

でも1回目を受けた後、yukariさんの講義がとてもわかりやすく、
そもそもわたしは誰とか、どこに向かうのかとか、何をしているのかとか考えたこともなかったのでとても新鮮でした。

気がついたらめぐる旅を続けるのにワクワクしている自分がいました。

最初は〜?〜?源?意図? な私でしたが、回が進むにつれてなんとなく少しずつ繋がってきて、最終回を終える前には日常自分の生活にヨガの教えを取り入れるようになっていました。

実体験して少しずつ染み込んできたのでしょうか。

べったり張り付いた〜を俯瞰することにおいてはまだまだトラップにはまったりしてますが、
それでも気づいて、立ち止まって、流して、意図を見出して、少しずつ日々のプラクティスで以前より数段楽な人生になっています。

プラクティスの方法は瞑想、チャンティング、アーサナ、いつでもどこでもできるシンプルなもの。

実際今ではちょっと心ざわつくとマントラを心で唱えると心穏やかになるし電車の中でも、職場でも瞑想すると落ち着きます。

恐れはまだあります。
”私は大いなる意識であり、至福であり、大いなる自己である”とういう気づきを日々プラクティス。
それも気楽に。

 
ありがとうございます。
心より感謝をこめて。

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想4

「〈わたし〉をめぐる旅」の最終回「わたしを〈解放〉する旅」、ありがとうございました。

恐れや制限は、自分の中で作り上げていることが、すんなり腑に落ちました。
そして、その事とその恐れや制限が、わたしの中で小さくなってきていることを知ることができ、とても楽になりました。

わたしがnidaに定期的に通うようになったのは、「〈わたし〉をめぐる旅1:わたしに出会う旅」がきっかけでした。

〈わたし〉に出会いたかったからです。
特に〈わたし〉の良い所にです。

そのヒントがあるのではないかと思ったからでした。

中高生の頃や、ここ15年位、
わたしは、自分がメンバーとして参加している環境の中で、自分の存在を認めて欲しくて、もしくは居場所を作るために、もがいていたように思います。

恐れていたのは『他者評価』です。

自分に自信がないから、存在を認めてもらうには「いい子」とか「気がきく人」とか。
その評価を得るために、「べき」「ねば」という制限を作って。

そして、その制限と自分とのギャップに自己嫌悪に陥ったり。
他者にも求めて、その期待にそぐわないと嘆いたりして、こころが疲れ切ったりしてきました。

でも、先日ワークショップで話した恐れは、自分を保ってきた「べき」「ねば」を無くしてしまうと、今までの自分が無くなる。

他者評価で築いてきた自分が無くなってしまうのが恐い、というような事だったと思います。
そして、それは「他者評価」そのものが恐いというのとは、違うものでした。

これは、「〈わたし〉をめぐる旅」での講義での学び、ワークやシェアリングを通じて、自分の感覚や感情と向き合い、他の人のお話を聴き(これが本当に良いのです)、自分への信頼が増えたからだと思います。

自分を少し信頼し始めたわたしの旅は始まったばかりです。

また、お世話になります。
これからもよろしくお願い致します。

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想3

ゆかりさん、
昨日は有難うございました。
そして「Who am I?」シリーズを通して、本当にお世話になりました。

自分の過去と向き合うことより私にとって難しいことはそれについて他人に話すことです。
私にとっては「ただ通ってきた道」だとしても第3者にとっては決して普通ではない。
幼少期、自分のことを無邪気に話しているつもりなのに怪訝な顔をされたり、過剰に心配されたり、私には意味が分かりませんでしたが、それが世間ではおかしい事なのだと理解するのにそれなりに時間がかかりました。

そうか、我が家は他とはどこか違うのだと認識してからは本当に信頼できる人にのみ話すようになりましたが、それでも心地よいものではなかった。
何故なら、聞いた人が皆泣くから。
心から同情するような目で私を見て、中には宗教やわけのわからない自己啓発セミナーを勧めてくる人もいる。

他者からしたら重い話なのかもしれないからなるべく軽めに話したり、冗談を交えたりしながら話したとしても反応はあまり変わらず、感受性の強い人の場合はPSTDのようになってしまう人もいました。

 
年頃の子が自分が感じたこと、思うことを普通に友達に話す。
誰でもすることですが、それすら私にとっては困難なことなのかと思ったら本当にごくごく一部の人にしか胸のうちを話さない子供になり、そんな私にとって映画を観たり、本を読んだり、音楽を聴いたり、それを貪るようにすることは唯一の安心できる場所でした。

痛みを主張しても「感受性が強すぎる」「繊細過ぎる」と言われ、自分を殺そう、殺そうと思えば思うほど感情はバラバラになっていき、私はずっと自分が生きたいのかそうでないのかわからないまま、ただ周囲が求めることをとりあえずはやっておこう、、というドライな人間になっていったのだと思います。

 
脛に傷の一つや二つ誰でも持っているものです。
学生時代から長く付き合って来た友人たちも同じように生い立ちにあれこれある人間が多かったように思います。
どこまでも過去を呪い、他者を攻撃し、そのままおかしくなってしまった友人も何人もいます。

傷ついた分だけ人に優しくなれるなんて言うのは嘘でどこまでも歪んでしまうことがあっても不思議はない。
彼らと一緒になって同じように世間を見下し、毒ばかり吐いていた時期を経て「これではいけない」と前進しようとした途端これでもかと糾弾され人間の真の姿を見てしまったような気分になりました。

私の幸せを願うようなことを上辺で言っていても本当はそうではなかったのだと愕然としましたが、何はともあれ前を見ようと思った自分を否定したくなかったし、それが長年の友人を無くすことだったとしても前に進もう、それが私にとっての個人事業主としてのスタートでした。

 
今でも不思議だなぁと思います。
〜のために必死だった5年を経て、カヨさんのマッサージを受け、改めてゆかりさんにヨガを教わる。
カヨさんが「ていねいに、」を卒業し、たまたま私の定休日である水曜日にゆかりさん宅でマッサージを始められたこと。
その空間に理由もなく惹かれ、ゆかりさんのセッションを受け、その日のうちにエミリーさんの動画を見て大泣きしたこと。
全部偶然のように見えて必然なのかもしれないですね。

 
私は今ようやく私の使命とはなんだろう?と考え始めた頃ですが、人の為に自分の経験を話すということもあるのかなと少し思いました。
毎日のように当たり前のように死にたかった子でも、こうして生きたいと思えるのだと。
どんな経験をしても人は前進できるのだと、それを押しつけがましさではなく、人に伝えていくことでできればと思います。

WS最後のシェアではなるべくえげつなくないように、手身近にまとめるつもりでもかなりの時間を頂いてしまったと思います。
早く帰らなければならなかった人もいるのに申し訳なかったなと反省しましたが、その場にいて私との時間を共有して下さった方々には本当に感謝しております。

 
今後私にとってゆかりさんやnidaという場所はチューニングをしてもらう場所になっていくのかな?と思います。
何かが払拭された気になってもきっと悪い癖が出て閉じていったり、良からぬ考えが思いついたりしていくと思いますが、そんな自分の軌道修正をしてもらう場所として、大切にしていきたい。

 
生きることは未だに恐いことですが、苦しい事ではなくなりました。
やりがいのある仕事を探す、好きなことをすると言いながら、私は自殺しない理由を探していただけですから。
そんな私が普通に幸せだと思う。
とんでもない進歩です、笑。
本当に有難い。

改めて、ゆかりさん、有難うございました。
WSでご一緒させていただいた皆さんにも心からの感謝を。

本当に有難うございました。

これからも宜しくお願い致します。

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想2

昨日のWSは総まとめらしく、アヌサラ、ニドラー、チャンティング、瞑想+どぅる~んと全部盛りで贅沢気分でした!

ヨガニドラーのときに自分の内側に無限の広がりのようなものを感じた気がして、
その無限感のようなものにすごいなーとなって、なにか絶景を見たような感覚でした。

この無限の広がりが実は常に自分の中にあると思うと、めっちゃすごい!と。
”大いなる流れを信頼する”というのがいまいちしっくり来ていなかったのですが、
こういう感覚や体験をしていくことも信頼につながるのかなと思いました。

 
あと、恐らく〜さんのおかげなのですが、けっこうどぅる~んに苦手意識があったんですが、
昨日はあっいまつながった!みたいな感覚があって、すごく心地よかったですし、新鮮でした。

それと、初めてどぅる~んの意識になったときに、触ってる相手の足とか手の先から相手が消えてしまったような感じになって不思議でした。
感覚は良い感じだったので一体化してたと思うのですが、相手というか周り色々消えてるけど、自分は残っている感覚もあり、
意識としての自分があるからなのか、分離なのかなーと思いつつという感じでした。

 
最後の瞑想では、〜したらぜーんぶ一緒みたいな感じになり、
他の人や物、色々周囲にあるものに名前をつけて、自分と違うものとしてラベル付けをしているだけ?というのがふっと浮かんで来ました。

色々感じたり、気付きもあるし、昨日もめっちゃすごい!完璧!、参加出来て良かったーとすごく元気に帰っていったのですが、
なんだか同時に落ち着きみたいのも増えていて、その時感じられるものはその時で、時がくればまた感じ方や気付きも変わるし、それはそれで良いなーと思うことが増えた気がします。

「〈わたし〉をめぐる旅」全般について、真実を知るとても強力なツールだと思いました。
ツールという一言にしてしまいましたが、言葉や体感を通じて、頭と身体両方で理解して、ヨガで教えてくれる哲学を腑に落としていくための様々なワークが詰まっていました。

どのWSの回も、ゆかりさんが先人や先生から学んで来られたものやご自身の体験の内、誰でも理解出来るように必要なものだけを考え抜いて抽出し、それらを緻密に組み合わせて構成されていた印象があります。

おかげさまでヨガ未経験の私でも、色々と感じたり理解が出来て、ものすごい勢いで人生のもやもやが無くなって行きました。
人類みんなこれを知っていたら、きっとすっごく楽な世界が出来るんじゃないかなと。
でも人類みんなが知らなくても、自分が学ぶだけで生き方が変わりました。
シリーズの1を受けてちょうど5ヶ月で最終回だったのですが、明らかに初回と違う感覚で生きている実感がしていて、WSの中でも感じられることが多くなりました。

受講する前にWSの案内を見たときは、「〈わたし〉をめぐる」なんてものすごいややこしい旅になりそうで、
自己探求とかしんどそうという思いがあり、気になっていたけど、見て見ぬふりをしようとしていたのを思い出しました。

でも、たまたま受講する流れになって受けてみたら、10年以上あった生き辛さやもやもやがぱっと晴れて、そういうことだったのかーと驚くほどすんなり受け取れましたね。
なので、気になってるけど参加したくない人はきっと蓋を開ける直前な気がします。

 
私がヨガ哲学がすごく良いなーと思ったのは、きちんと答えを教えてくれるところです。
これが真実です。この真実にたどり着くために、これとこれをこういう風にしなさい。そうしたらこうなります。
と先人たちや色々な先生が教えを出し惜しみなく明確に提示していて、迷いがかなり少ない気がしました。

今まで見てきた自己啓発関係のものでは、そこまではっきり何をすればよいか、自分がどうしたら良いか示されず、
自分でもがき苦しみながら、自分の答えを探し出した人しか辿り着けない領域がありますという感じがしていて、しんどかったのですが、ヨガにはそれがなかったです。
だからとても現実的で、教えて頂いたそばから生活に使えるツールとして、どんどん使っていけるものなのかもしれないですね。

 
「もう人生大体楽しんだから、この先色々しんどいことがあるし、ここで人生終わりにしたい」と思うことがよくありましたが、
先日ガラスに映った自分の姿を見て、「あ、この先自分はどうなるんだろう、どう変わっていくのか楽しみだな」と初めてそんな気持ちが自然に湧いてきてびっくりしました。

そんな変化を起こしてくださったゆかりさんに感謝でいっぱいです。
勉強熱心なゆかりさんだからこそ実現出来たWSだと思います。
それと一緒にWSに参加していたみんなに感謝しています。

nidaに集まるみなさんは素敵な人ばかりで、自分に全然なかった考えや感覚をシェアして頂けて、その中で自分が気づけることも多かったです。
それと安心できる素敵な雰囲気がいつもあって、ありのままの自分で居られたおかげで、様々な気付きや感覚を得られました。

 
最終回が終わってしまって寂しいなーという気もしていますが、教えて頂いたことからの気付きはこれからもどんどんあると思うので、
楽しみながらまた旅を続けて行きます。
ひとまずありがとうございました。
ご縁を頂けて、このWSに出会えてとても幸運でした。

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想1

2018年2月からスタートし,全6回で構成しているall-in-oneヨガワークショップ「〈わたし〉をめぐる旅」。

去る10/14(木)にいよいよ最終回となる「6:When is the time?~わたしを〈解放〉する旅」がデビューしました。

そこで,いわばこのワークショップの初めての「卒業生」が誕生。

そして,涙涙のシェアで幕を閉じた初の最終回を受け終えた「卒業生」たちから,ものすごいフィードバックが続々と届き始めています。

彼女たちの学び・変化のすごさに,正直こちらが驚くばかり…

みなさんそれぞれに思いの丈を惜しみなく書き尽くしてくれた感想の数々を,少しずつアップして行きます。

 
アーサナ,瞑想,哲学,ヨガニドラー,チャンティング…

ここには,わたしが敬愛する先生方から学び続けているヨガのあらゆるエッセンスが盛り込まれています。

「人類みんなこれを知っていたら、きっとすっごく楽な世界が出来るんじゃないかな」との感想をいただいているパワフルなWSシリーズ。

今年のうちにぜひこの「旅」へともに出発しませんか?

 
 *詳細・今後のスケジュールはこちら

 
 
***** WS5回目を終えての感想

 
ゆかりさん、

先日は有難うございました。あの後ワークショップで起きた自分の変化をずっと考えていました。
翌日までずっと泣き続けましたが、それは決して悪い涙ではありませんでした。
まるで浄化されるような、そんな涙だったように思います。

nidaに通い始めた頃には正直そこまで、自分の根底にある何かまでどうこうしようというつもりはありませんでした。
というか、それはもう仕方がないと思っていたから。
ブラックホールのような、自分が何処までも抱えてしまっている心の闇とは共存するしかないと思ってましたから。
起きてしまった事実は変わらないし、誰かを責めても何にもならないしと理解したつもりになって痛みを押しつぶして生きてきました。

でも違うんですね。
プライヴェート・セッション、ワークショップを経てパチンパチンと何かが開いていき、過去と嫌がおうにも対峙する自分がいました。
正直苦しかったです。
思い出したくもない過去に改めて直面せざるを得なくなり、もう一度あの地獄を味わうのか、、そうか、と顔が変形するほど泣きました。

ですが、ユカリさんはやはり勘の良い人、そんな私に早々に気づかれたのでしょうか、言ってくださいましたね。
〜さん、大丈夫ですよ、と。
家主がタントリカで、来ているのは気の置けないクラたちばかりで、皆受け止めてくれる人たちだから、どんなものを吐き出しても、どんなに涙を流しても大丈夫ですよと、言ってくださいましたよね。
有難いなぁと思いながらも私自身はどこからどう説明すればよいかもわからず、もう、流れに任せよう!少なくとも湧いてくる感情を受け入れ、今までのように理性で抑え込むことは止めよう!と。

そうして来た先が先日のあの変化です。
驚きました。

私は何を見て来たのか。
物事には二つの側面があり、マイナスの方にばかり引っ張られる癖は理解してましたが、こんなに見えていない景色があったのか、、と。
そして今までならもう片方の側面に目も向けない自分をさらに責め、どこまでも落ちていたように思いますが、その時の私はただ「幸せだ」と感じただけでした。

今まで生きてきてこんなことはありませんでした。
本当に有難かった。
ゆかりさんにも、あの場にいて下さった方にも、本当に有難いと思いました。

 
*****

 
ゆかり先生

今日は「〈わたし〉をめぐる旅」最終回に参加させていただき、どうもありがとうございました。
なんだか最後のシェアで、ふっと自分の家族との向き合い方を、みなさんに聞いてもらいたくなりました。
そして帰宅してから、それが実は5の「わたしの使命」と繋がっていたのかと思いつきました。
ずっと焦がれていた「母性」、無いのなら作ってしまえ…とお母さんになった気がします(笑)。
そして家族との問題も「なるようになるさ~」と楽観できるなぁと、今回改めて感じました。「諦めている」というより、「委ねている」という感覚です。

全体を通しては、先ほどもお話ししたかもしれませんが、「何かの答えを探しに来た人」が、もちろん私みたいにふっと答えが浮かぶ事もあると思います。
でも「答えなんかなくても、あなたはあなたのままで、すでに解放されているんだよ」と、ゆかり先生に、そしてゆかり先生の背後にいる聖人達に、繰り返し優しく教えられ、赦され、受け入れてもらっている感覚が、とても大きかったです。
「神に委ねる」ことを、いろんなワークから体感として、感じさせてもらった気がします。

改めてゆかり先生のようなグルが存在してくれることを、神に感謝します。
信じて着いて行くと、グルがどんどん現代社会に合わせてバージョンアップしてくださる(笑)。
実はゆかり先生が修行に行かれている間、いつも少し不安だったのですが、その解決策が私の中ではチャンティングになりました。
簡単、便利、チャンティング(笑)。
最近チャンティングをしていると、すごく心の平安が保てている気がします。

本当にありがとうございます。
またよろしくお願いします。