all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想6

このWSシリーズをはじめ、nidaのプログラムが本当にすごいなあと思うのは
頭での理解にとどまらず、体感を伴う理解がセットになってくることです。

わたしは本当につい最近まで、ガチガチの思考優位タイプの人間でしたが
リトリートや、どぅる〜んタッチをはじめ、
nidaのいくつかの強力なプログラムを体験することで、否応無く、
頭の理解をはるかに超えた、
身体感覚の変化、体感の変化を強烈に味わうことになりました。

〈わたし〉をめぐる旅シリーズの1回目を受けたのは、
そうした体感の変化を随分と味わった後のことだったかと思います。

 
その回ではじめてyukariさんからヨガ哲学の根本となる話を体系的に聞き、
自分の感じていた体感の変化と、
頭での理解が結びついたときの、
あの強烈な「腑に落ち」感を
いまだに忘れることができません。

自分が何で泣いているのかわからないまま、
ただただ猛烈に涙が流れる。

その後も、WSが進む中で、何かがひとつ腑に落ちるたびに
ただただ涙を流し、それを味わうことを繰り返してきました。
このWSシリーズを通して、一回でも泣かなかった回、あるかなあ(笑)

頭の理解に加えて、体感できれば、腑に落ちる。
体感できれば、その感覚を日常のあらゆる場面で再現できる。
気がつけば、生きることそのものが、ヨガのプラクティスになっていく。
これ、本当に強力なことだと思うのです。

 
〈わたし〉をめぐる旅シリーズは、
どの回もとても内容が濃密で、味わい深かったです。

yukariさんの群を抜いて明快で、論理的で、分かりやすい講義により、
「頭」での理解を確実に進めながらも、
毎回必ず行われる、参加者同士による深いシェアリング、
ただ身体を動かすだけではないアーサナ、
更には、ただあのnidaという場に身を置くこと自体により、
「体感」での理解が深まっていく。

 
このWSシリーズでの学びを一つの核として、
この5ヶ月間のnidaでの様々な経験により、
わたしが「認識」する世界は、
驚くほど変わっていきました。

いまはただ、生きていることがとても嬉しい。
内側から歓びが溢れてきて、
これまでは感じることのできなかった、この世界の美しいものたちが
五感、いえ、それ以上の感覚を通してわたしの中に入ってきます。

 
このWSシリーズを終えて思うのは、
わたしはいま、ヨガという強力なOSをインストールして、
そのOSを持って歩む新しい生き方の
スタートラインに立ったのではないかということです。

いまは、自らのハラが指し示す方向に導かれながら
自分の可能性を信じて
わたしがこの身体を持った人生で、果たすことになっている役割を果たせるように、
生きる歓びとともに、進んでいきたいと思っています。

そして、その歩みの中で
nidaという温かい巣があることが、
わたしにとっては大きな支えになってくれるのだろうなあと思います。

 
yukariさん、本当に今年はお世話になりました。
ありがとうございます。
あらためて、わたしの人生のこのタイミングで出会えたことに、
感謝の気持ちでいっぱいです。

また〜のクラスで伺いますので(笑)
よろしくお願いいたします。

心からの感謝をこめて。

 
 *このワークショップについての詳細や今後のスケジュールは→こちら

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想5

yukariさん

こんにちは!

私をめぐる旅を終えてー

幸せになるための答えをすぐ欲しかった私は,
6回の「〈わたし〉をめぐる旅」を始めるのに少し躊躇していました。

正直 時間がかかりそうだなとか哲学なんて難しそうだし面倒くさそうだな、とか(笑)

でも1回目を受けた後、yukariさんの講義がとてもわかりやすく、
そもそもわたしは誰とか、どこに向かうのかとか、何をしているのかとか考えたこともなかったのでとても新鮮でした。

気がついたらめぐる旅を続けるのにワクワクしている自分がいました。

最初は〜?〜?源?意図? な私でしたが、回が進むにつれてなんとなく少しずつ繋がってきて、最終回を終える前には日常自分の生活にヨガの教えを取り入れるようになっていました。

実体験して少しずつ染み込んできたのでしょうか。

べったり張り付いた〜を俯瞰することにおいてはまだまだトラップにはまったりしてますが、
それでも気づいて、立ち止まって、流して、意図を見出して、少しずつ日々のプラクティスで以前より数段楽な人生になっています。

プラクティスの方法は瞑想、チャンティング、アーサナ、いつでもどこでもできるシンプルなもの。

実際今ではちょっと心ざわつくとマントラを心で唱えると心穏やかになるし電車の中でも、職場でも瞑想すると落ち着きます。

恐れはまだあります。
”私は大いなる意識であり、至福であり、大いなる自己である”とういう気づきを日々プラクティス。
それも気楽に。

 
ありがとうございます。
心より感謝をこめて。

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想4

「〈わたし〉をめぐる旅」の最終回「わたしを〈解放〉する旅」、ありがとうございました。

恐れや制限は、自分の中で作り上げていることが、すんなり腑に落ちました。
そして、その事とその恐れや制限が、わたしの中で小さくなってきていることを知ることができ、とても楽になりました。

わたしがnidaに定期的に通うようになったのは、「〈わたし〉をめぐる旅1:わたしに出会う旅」がきっかけでした。

〈わたし〉に出会いたかったからです。
特に〈わたし〉の良い所にです。

そのヒントがあるのではないかと思ったからでした。

中高生の頃や、ここ15年位、
わたしは、自分がメンバーとして参加している環境の中で、自分の存在を認めて欲しくて、もしくは居場所を作るために、もがいていたように思います。

恐れていたのは『他者評価』です。

自分に自信がないから、存在を認めてもらうには「いい子」とか「気がきく人」とか。
その評価を得るために、「べき」「ねば」という制限を作って。

そして、その制限と自分とのギャップに自己嫌悪に陥ったり。
他者にも求めて、その期待にそぐわないと嘆いたりして、こころが疲れ切ったりしてきました。

でも、先日ワークショップで話した恐れは、自分を保ってきた「べき」「ねば」を無くしてしまうと、今までの自分が無くなる。

他者評価で築いてきた自分が無くなってしまうのが恐い、というような事だったと思います。
そして、それは「他者評価」そのものが恐いというのとは、違うものでした。

これは、「〈わたし〉をめぐる旅」での講義での学び、ワークやシェアリングを通じて、自分の感覚や感情と向き合い、他の人のお話を聴き(これが本当に良いのです)、自分への信頼が増えたからだと思います。

自分を少し信頼し始めたわたしの旅は始まったばかりです。

また、お世話になります。
これからもよろしくお願い致します。

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想3

ゆかりさん、
昨日は有難うございました。
そして「Who am I?」シリーズを通して、本当にお世話になりました。

自分の過去と向き合うことより私にとって難しいことはそれについて他人に話すことです。
私にとっては「ただ通ってきた道」だとしても第3者にとっては決して普通ではない。
幼少期、自分のことを無邪気に話しているつもりなのに怪訝な顔をされたり、過剰に心配されたり、私には意味が分かりませんでしたが、それが世間ではおかしい事なのだと理解するのにそれなりに時間がかかりました。

そうか、我が家は他とはどこか違うのだと認識してからは本当に信頼できる人にのみ話すようになりましたが、それでも心地よいものではなかった。
何故なら、聞いた人が皆泣くから。
心から同情するような目で私を見て、中には宗教やわけのわからない自己啓発セミナーを勧めてくる人もいる。

他者からしたら重い話なのかもしれないからなるべく軽めに話したり、冗談を交えたりしながら話したとしても反応はあまり変わらず、感受性の強い人の場合はPSTDのようになってしまう人もいました。

 
年頃の子が自分が感じたこと、思うことを普通に友達に話す。
誰でもすることですが、それすら私にとっては困難なことなのかと思ったら本当にごくごく一部の人にしか胸のうちを話さない子供になり、そんな私にとって映画を観たり、本を読んだり、音楽を聴いたり、それを貪るようにすることは唯一の安心できる場所でした。

痛みを主張しても「感受性が強すぎる」「繊細過ぎる」と言われ、自分を殺そう、殺そうと思えば思うほど感情はバラバラになっていき、私はずっと自分が生きたいのかそうでないのかわからないまま、ただ周囲が求めることをとりあえずはやっておこう、、というドライな人間になっていったのだと思います。

 
脛に傷の一つや二つ誰でも持っているものです。
学生時代から長く付き合って来た友人たちも同じように生い立ちにあれこれある人間が多かったように思います。
どこまでも過去を呪い、他者を攻撃し、そのままおかしくなってしまった友人も何人もいます。

傷ついた分だけ人に優しくなれるなんて言うのは嘘でどこまでも歪んでしまうことがあっても不思議はない。
彼らと一緒になって同じように世間を見下し、毒ばかり吐いていた時期を経て「これではいけない」と前進しようとした途端これでもかと糾弾され人間の真の姿を見てしまったような気分になりました。

私の幸せを願うようなことを上辺で言っていても本当はそうではなかったのだと愕然としましたが、何はともあれ前を見ようと思った自分を否定したくなかったし、それが長年の友人を無くすことだったとしても前に進もう、それが私にとっての個人事業主としてのスタートでした。

 
今でも不思議だなぁと思います。
〜のために必死だった5年を経て、カヨさんのマッサージを受け、改めてゆかりさんにヨガを教わる。
カヨさんが「ていねいに、」を卒業し、たまたま私の定休日である水曜日にゆかりさん宅でマッサージを始められたこと。
その空間に理由もなく惹かれ、ゆかりさんのセッションを受け、その日のうちにエミリーさんの動画を見て大泣きしたこと。
全部偶然のように見えて必然なのかもしれないですね。

 
私は今ようやく私の使命とはなんだろう?と考え始めた頃ですが、人の為に自分の経験を話すということもあるのかなと少し思いました。
毎日のように当たり前のように死にたかった子でも、こうして生きたいと思えるのだと。
どんな経験をしても人は前進できるのだと、それを押しつけがましさではなく、人に伝えていくことでできればと思います。

WS最後のシェアではなるべくえげつなくないように、手身近にまとめるつもりでもかなりの時間を頂いてしまったと思います。
早く帰らなければならなかった人もいるのに申し訳なかったなと反省しましたが、その場にいて私との時間を共有して下さった方々には本当に感謝しております。

 
今後私にとってゆかりさんやnidaという場所はチューニングをしてもらう場所になっていくのかな?と思います。
何かが払拭された気になってもきっと悪い癖が出て閉じていったり、良からぬ考えが思いついたりしていくと思いますが、そんな自分の軌道修正をしてもらう場所として、大切にしていきたい。

 
生きることは未だに恐いことですが、苦しい事ではなくなりました。
やりがいのある仕事を探す、好きなことをすると言いながら、私は自殺しない理由を探していただけですから。
そんな私が普通に幸せだと思う。
とんでもない進歩です、笑。
本当に有難い。

改めて、ゆかりさん、有難うございました。
WSでご一緒させていただいた皆さんにも心からの感謝を。

本当に有難うございました。

これからも宜しくお願い致します。

all-in-oneヨガWSシリーズ「〈わたし〉をめぐる旅」感想2

昨日のWSは総まとめらしく、アヌサラ、ニドラー、チャンティング、瞑想+どぅる~んと全部盛りで贅沢気分でした!

ヨガニドラーのときに自分の内側に無限の広がりのようなものを感じた気がして、
その無限感のようなものにすごいなーとなって、なにか絶景を見たような感覚でした。

この無限の広がりが実は常に自分の中にあると思うと、めっちゃすごい!と。
”大いなる流れを信頼する”というのがいまいちしっくり来ていなかったのですが、
こういう感覚や体験をしていくことも信頼につながるのかなと思いました。

 
あと、恐らく〜さんのおかげなのですが、けっこうどぅる~んに苦手意識があったんですが、
昨日はあっいまつながった!みたいな感覚があって、すごく心地よかったですし、新鮮でした。

それと、初めてどぅる~んの意識になったときに、触ってる相手の足とか手の先から相手が消えてしまったような感じになって不思議でした。
感覚は良い感じだったので一体化してたと思うのですが、相手というか周り色々消えてるけど、自分は残っている感覚もあり、
意識としての自分があるからなのか、分離なのかなーと思いつつという感じでした。

 
最後の瞑想では、〜したらぜーんぶ一緒みたいな感じになり、
他の人や物、色々周囲にあるものに名前をつけて、自分と違うものとしてラベル付けをしているだけ?というのがふっと浮かんで来ました。

色々感じたり、気付きもあるし、昨日もめっちゃすごい!完璧!、参加出来て良かったーとすごく元気に帰っていったのですが、
なんだか同時に落ち着きみたいのも増えていて、その時感じられるものはその時で、時がくればまた感じ方や気付きも変わるし、それはそれで良いなーと思うことが増えた気がします。

「〈わたし〉をめぐる旅」全般について、真実を知るとても強力なツールだと思いました。
ツールという一言にしてしまいましたが、言葉や体感を通じて、頭と身体両方で理解して、ヨガで教えてくれる哲学を腑に落としていくための様々なワークが詰まっていました。

どのWSの回も、ゆかりさんが先人や先生から学んで来られたものやご自身の体験の内、誰でも理解出来るように必要なものだけを考え抜いて抽出し、それらを緻密に組み合わせて構成されていた印象があります。

おかげさまでヨガ未経験の私でも、色々と感じたり理解が出来て、ものすごい勢いで人生のもやもやが無くなって行きました。
人類みんなこれを知っていたら、きっとすっごく楽な世界が出来るんじゃないかなと。
でも人類みんなが知らなくても、自分が学ぶだけで生き方が変わりました。
シリーズの1を受けてちょうど5ヶ月で最終回だったのですが、明らかに初回と違う感覚で生きている実感がしていて、WSの中でも感じられることが多くなりました。

受講する前にWSの案内を見たときは、「〈わたし〉をめぐる」なんてものすごいややこしい旅になりそうで、
自己探求とかしんどそうという思いがあり、気になっていたけど、見て見ぬふりをしようとしていたのを思い出しました。

でも、たまたま受講する流れになって受けてみたら、10年以上あった生き辛さやもやもやがぱっと晴れて、そういうことだったのかーと驚くほどすんなり受け取れましたね。
なので、気になってるけど参加したくない人はきっと蓋を開ける直前な気がします。

 
私がヨガ哲学がすごく良いなーと思ったのは、きちんと答えを教えてくれるところです。
これが真実です。この真実にたどり着くために、これとこれをこういう風にしなさい。そうしたらこうなります。
と先人たちや色々な先生が教えを出し惜しみなく明確に提示していて、迷いがかなり少ない気がしました。

今まで見てきた自己啓発関係のものでは、そこまではっきり何をすればよいか、自分がどうしたら良いか示されず、
自分でもがき苦しみながら、自分の答えを探し出した人しか辿り着けない領域がありますという感じがしていて、しんどかったのですが、ヨガにはそれがなかったです。
だからとても現実的で、教えて頂いたそばから生活に使えるツールとして、どんどん使っていけるものなのかもしれないですね。

 
「もう人生大体楽しんだから、この先色々しんどいことがあるし、ここで人生終わりにしたい」と思うことがよくありましたが、
先日ガラスに映った自分の姿を見て、「あ、この先自分はどうなるんだろう、どう変わっていくのか楽しみだな」と初めてそんな気持ちが自然に湧いてきてびっくりしました。

そんな変化を起こしてくださったゆかりさんに感謝でいっぱいです。
勉強熱心なゆかりさんだからこそ実現出来たWSだと思います。
それと一緒にWSに参加していたみんなに感謝しています。

nidaに集まるみなさんは素敵な人ばかりで、自分に全然なかった考えや感覚をシェアして頂けて、その中で自分が気づけることも多かったです。
それと安心できる素敵な雰囲気がいつもあって、ありのままの自分で居られたおかげで、様々な気付きや感覚を得られました。

 
最終回が終わってしまって寂しいなーという気もしていますが、教えて頂いたことからの気付きはこれからもどんどんあると思うので、
楽しみながらまた旅を続けて行きます。
ひとまずありがとうございました。
ご縁を頂けて、このWSに出会えてとても幸運でした。