アーユルヴェーダマッサージ感想 05

今回ご紹介するのは、1歳のお子さんのいるお母さんの声。

 
nidaは完全なプライベート空間なので、事前にお知らせいただければ、

お子さんを連れて来ていただいてもOKですよー!

 
ただ、施術にかかりきりの私一人なので、お子さんをあやすことはできません。

 
泣いていても大丈夫ということでご了承いただければ、どうぞお越しください。

 
nidaでオイルマッサージ(アヴィヤンガ)を受けた後は、身体だけでなく

メンタルの変化を感じた,というご報告をいくつも寄せていただいております。

 
あくまでも効果は人によって様々ですが、以下に示す体験談も興味深いものです。

 
***** 

子連れでアヴィヤンガのフルバージョンをお願いしました。

 
1歳の娘がすぐにグスってしまうのを覚悟して伺いましたが、母が心地よいのが伝わるのか、

yukariさんのパワフルかつ癒しのエネルギーが伝わったのか、ほぼご機嫌で一人で遊んでいてくれました。

 
施術はとても丁寧で力強く、凝り固まった身体中の滞りが一気に流れたのを実感しました。

 
血の巡りがよくなったせいか、翌日頭痛を感じ、それがおさまると

そこから2日間とにかく大量に汗をかき続け、身体中の余分なものがスッキリ出た!

という感覚を感じています。

 
ヨガのアーサナでも格段に動きやすくなったのを感じました。

 
もうひとつ施術後に感じた大きな変化は、食べ過ぎなくなったこと。

普段の食事もそうですが、そのあと甘いものを食べないといられなかったのが、

不思議と自然に欲さなくなっていることに気づきました。

 
今、身体が必要としているものが感覚でわかるようになり、同時に生活面でも、

今の生活において自分に必要なもの、そうでないものが見えてきたような気がします。

 
ということで、この機会に断捨離始めました!

 
施術していただいて時間が経つにつれ、メンタルの変化を感じています。

*****

ガネーシャ2〜理性と感情のバランス〜

ガネーシャには,たくさんのエピソードがあります。
今回もまた,その一つをご紹介します。
 
 
ガネーシャの身体は,子ども。
彼はお菓子が大好きです。

ガネーシャの乗り物は,ネズミ。
象頭がネズミに乗っているなんておかしいんですけどね(笑)
 
 
さて,ガネーシャはある夜,上機嫌でお散歩をしていました。

お腹いっぱいお菓子を食べて,ネズミに乗って。

すると,突然ヘビが出て来て,
ネズミは驚きのあまり,大慌て!!

ガネーシャは振り落とされて,
地面に叩き付けられてしまいました。

その衝撃で,太鼓っ腹が破裂!!
お腹の中から,大量のお菓子が飛び出す始末。

この事態に,ガネーシャは大激怒。

自分をえらい目に合わせたヘビをふん掴んで,それを結びつけ,自分のお腹を応急処置。
 
 
あっはっは~!!
想像するだに,おっかしーですよね。

しかし,話はこれで終わりません。

この超おっかしー事態を目撃していた者がいたのです。

それは,お月さん。

そして,当然大笑い。

ガネーシャは, 自分を笑っている者の存在に気づくと,怒りのあまり自分のキバを一本折り,お月さんに向かって投げつけました。

そして,命中!!

以来,お月さんは丸いままで居られなくなり,満ち欠けをするようになった…というお話です。
 
 
 
ガネーシャは,学問の神,知恵の神,としても知られます。

それなのに,自分を痛い目に合わせたり,
自分を笑い者にしたりした相手に対して,
怒りをあらわにし,大八つ当たり行為におよびました。

神様でさえ,感情的になって,このような愚かなことをする。
 
 
私たち人間は,もっと,ですよね。

私たちの内側の感情は,いつだって波立ってしまいがち。
 
 
でも,人間には,理性とか判断力とか言われるものも備わっています。

しかし,ときにそれが強過ぎると,いろいろと言い訳をつけて自分を正当化したり,

いろいろと頭で考え過ぎて
結局なかなか実際に踏み出せなかったり…

という場合も。
 
 
みなさん自身のバランスはいかがですか?

感情は悪い,理性は良い,などという話をしているのではありません。

どちらもあって当たり前。

ただ,どちらに偏り過ぎても,あまりすてきな結果にはつながらない。

大切なのは,「バランス」, ということだと思うのです。
 
 
ただ,そのバランスをとるにも,
理性・判断力が必要なのは確かで。

自分が今どんなバランスにあるのかまずわからないと,手のうちようがないですから。
 
 
ガネーシャは,象の頭を持ち,ネズミに乗っていますよね。

象は賢く,その小さな眼は,繊細なものまで見通します。

それに対して,ネズミは眼がほとんど見えず,暗い中を走り回ります。

ガネーシャは,象の頭=知をもって,ネズミ=無知を調教しているのです。
 
 
私たちも,それにならいます。

自分がいまどのような状態なのかに知性をもって気づき,感情を上手に扱って,
今の自分にできる最適なバランスを探り続けます。

私たちの内側奥深くに待つ私たちの「本質」につながるために。

[memo] peak pose
for basic: Prasarita padottanasana or Ardha chandrasana
for advanced: Vakratundasana

「十三夜のyoga×心理占星学コラボWS」 感想

去る2015年10月25日(日)nidaにて

「十三夜のyoga×心理占星学コラボワークショップ ~大きな流れに積極的に沿って生きるためのヒント」

を開催いたしました。

心理占星学を深め続けている友人、
まこ(池内 昌子)さんとのコラボWSは、8月に続き2回目となります。
 
 
テーマは「月」と「大きな流れ/サイクル」。

月の満ち欠けのように,私たちの人生にも大きな流れ/サイクルがあります。

その大きな流れ/サイクルは,
ときに,私たちを願わぬ方向に押し流して行くこともあります。

しかし同時に,常に私たちにはその流れの中でできることがあります。

つまり,流れに積極的に乗って行くこともできるということです。
 
 
というわけで、yogaと心理占星学ー両分野の知恵から,そのためのヒントをつかもう!という企画です。
 
 
私が担当するyogaクラスは,Anusara yogaの哲学に基づいた,slowでrelaxingなリストラティヴ。

その後,まこさんによる「月の星座」
「月のサイクル」にフォーカスした心理占星学のお話へ。

概説の後には,一人一人との個別のショートセッションも。(手作り月見だんごつき)
…という内容でした。
 
 
そして、このWSに参加してくださった方から、とっても感度の高い、すてきな感想を頂戴したので、本人のご了承をいただき、以下に引用させていただきます。

実はこのイベント、11月19日(木)夜にも再度行います!

ご興味がありましたら、ぜひご参加くださいませ!
 
 
 
***** 以下、いただいた感想です↓

ゆかり先生、こんにちは。

先日は、アヌサラヨガと心理占星学WS、ありがとうございました!

素敵な企画、いろいろにお心配り頂き、ありがとうございます。
お団子おいしかったです!

アヌサラヨガのインヴォケーションを今回初めて唱えました。
マントラの響き、まるで寺院に身を置いているような神聖な、それでいて瑞々しい気持ちになりました。

素敵な響きですね!

ヨガのパートでは、ゆったりとしたアーサナで呼吸が調って、 気持ちよく心と身体が緩みました~。

アジャストして頂き、とっても気持ちよかったです。
ありがとうございました(*^^*)

まこ先生の心理占星学のお話とショートセッションも、私にとっては新鮮な切り口のお話で、最初から最後までワクワクし通しでした。

まこさんの問いかけに、自分なりの言葉を探しながら答えたり、どういうことなのかなぁーと考えながら集中していく感じが、
なんだか「動く瞑想」の一種のような、
「対話する瞑想」みたいで面白かったです。

まこさんの言葉やホロスコープの分析を通して、まこさんにお話しながら自分を観察している感じで、ちょっと不思議な感覚だなぁと思いました。

座る瞑想の練習をしていると、自分の思考の癖が意識の底から浮かび上がってくる感じがしますが、まこさんとのセッションでは、自分の思考の癖を、遠くの空にうっすら見上げているみたいな感じで、

「あ、今まで気付いてなかったけど、そういう傾向あるなぁ。それも思考の癖だなぁ~」と後からきいてくる感じでした(笑)。

アーサナでアジャストして頂いて、自分の身体の使い方の癖に気付いてハッとする感じと共通する感じかも、とも思いました。

面白いです。

今回のWSに参加させて頂いて、
自分で「制限」と感じていることも、「恵み」のヴァリエーションなんだなぁ、という視点を学ぶことができたように思います。

アーサナの練習を通して経験していることだったり、ゆかり先生が最近ブログにアップされていた、ガネーシャのお話とも繋がるような気がして、訳もなく嬉しくなりました(*^^*)

たくさんの楽しい学びをありがとうございます(*^^*)

またよろしくお願いいたします。

(いやもう、こちらこそ!! 本当にありがとうございます!! yukari ॐ)

自分の「先生」を見つける(3)  自分の内側の先生

私は自分の「先生」を心から誇りに思います。

そして同時に、この「先生」たちは、さらにその先の

「真の先生」へと私を導いてくれているように感じています。

 
「真の先生」とは、私の内側、一番奥深くで常に輝いている存在です。

私たちの学びは全てこの「真の先生」に繋がるためだと、

yogaは教えてくれます。

 
!?

何言ってんの?

…ですよねえ(笑)

 
私もはじめはそう思っていました。

 
でも、何のためにyogaをするのか、yogaって何なのかを学ぶうちに、

少しずつですが進むべき方向が見え始めてきました。

そして、yogaは決してポーズの練習をする人のものではなく、

ましてや宗教でもなく、心の扱い方・つかい方を意識することで

いつでも誰にでもできるものだということ、生き方そのものが

yogaなのだということも。

 
さて、話を「先生」に戻しますと…

 
私は、以前、自分の「先生」に依存はしないと書きましたが、

実は、この「真の先生」のことを考えると、むしろ依存しようがないのです。

なぜなら、「真の先生」は自分の内側に向かわなくては見いだせないからです。

自分の外側の存在に寄っかかっても、何もならないのです。

 
あくまでも、内側奥深くにいる「真の先生」に結びついて行けるように、

「先生」に学ぶのですから。

 
こいつ変なこと言うな~、意味わかんないんですけどーと思った方は、

訳わからん点はサラッと流していただいてオッケー。

 
ただ、せっかく読んでくださったのですから(笑)、

これ一つくらいお土産になれば幸い。

 
それは、あなたを自分に依存させようとする人、

あなたに自分への見返りを求めてくる人を「先生」としてはいけません、

ということです。

(見抜くのが難しい場合も多いと思いますが。)

 
本当の「先生」は、まず自身が意識的/無意識的に「真の先生」を

追い求めながら、あなたを「真の先生」に導く手助けをしてくれる人。

 
少なくとも私自身は、そういう人だけが「先生」になり得ると

感じています。

 
そして、私もまたそういう「先生」たちの後ろについて行きながら、

同時に私の後に来る人たちのお手伝いをする「先生」に

なって行けるように努めるのです。

 
「先生」マラソン&リレーはこうして世代を超えてずーっと続いて行くんですねえ~。

 
「先生」の「先生」にも、そのまた「先生」にも、そのまた「先生」にも…

 
そして、 私たち全ての「真の先生」に感謝!

 
おわり

自分の「先生」を見つける(2)  すばらしい先生に学んだのなら

私は,これまで自分の「先生」方から本当にたくさんのものをいただいてきました。

(もちろん,家族や仲間たちからも。)

 
それはつまり,「他の人たちとシェアしなさい」と言われているのと

同義だと受け止めています。

 
もちろん,今の私には,自分の尊敬する「先生」たちのような

愛情深さも経験も知識もまだまだ備わっていないことはわかっています。

 
そして,「あの先生みたいにはとてもなれない」と以前の私だったら

考えていただろうと思います。

 
でも,今は少し違います。

自分の「先生」のように「なれるかどうか」というのではなく,

「ならなくてはならない」と思うのです。

 
「謙遜」は「美」とされますが,正直なところ,

「私なんて,あの先生みたいにはなれない」と言う方がよほど簡単だと思います。

 
もちろん,謙虚さは大切です。

もちろん,「傲慢」からそう言っているのでもありません。

自信なんてありません。

 
また,違う人間ですから,個性にも能力にも大きな違いがあります。

それももちろん承知の上です。

 
それでも,「ならなくてはならない」と考えざるをえません。

(決して嫌々,あるいは無理して「ならなきゃ!」と

考えているのではありません!

そうではなく,何といえばいいのでしょうか…

そう考えるのが自然だと感じる,というニュアンスです。

すでに述べたように,私はもう頑張れない生き方を選んでいるので(笑))

 
だって,何のために私はその「先生」と出会ったのでしょうか。

 
その「先生」は,何のために私にたくさんのものを授けてくれたのでしょうか。

 
私が何をしたらその「先生」は一番喜んでくれるのでしょうか。

 
「私は先生みたいになれません」と謙遜?あるいは臆することよりも,

いただいたものをより多くの人とシェアしていくことのためだと思うのです。

 
そして,私の「先生」は,それを何よりも喜んでくださると思うのです。

「先生」を尊敬しているからこそ,私は今こう考えます。

 
実際になれるかどうかは,ここでは第一の問題ではありません。

「ならなくてはならない」と感じて,最善を尽くすことに意味があると思うからです。

 
すばらしい「先生」に学んだのなら,giveしていただいたのなら,

私はそれを別の相手にgive backして行かなければならない。

そして,それが自ずと自分の為すべき役割となるのだと思います。

 
同時に,私がそうすることによってあの方々はきっと喜んでくださる

と思うと,また自分の「先生」の確信は増すのです。

そしてまた,こう考えられること自体すでに,

「先生」からいただいた恩恵であることに気づかされるのです。

 
 
(3)に続く