「自分自身を100%生きるために」(nida’s newsletter no.5より)


こちらの記事は,2017/02/17 nida’s newsletter ~ living in the moment -no5.-~より抜粋して引用したものを以下に掲載しています。

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わたしはここ数年,いわゆるベジタリアンです。

とはいっても,あまり厳格ではありませんので,人と一緒のときはお魚もいただくし,肉野菜炒めのお野菜だけをいただくこともあります。

(もともとはお肉大好きだったんですよ。
大好物はハンバーグと焼肉,ミートソーススパゲティでした(笑))

別に宗教・倫理的観点からベジになったわけでもないので,今も人がお肉を食べることについて何か言うことは一切ありません。

また,ベジになろうと思ったことは特にありません。
お肉を食べちゃいけない,と思ったこともありません。我慢もしていません。
ただ,別に欲しなくなった。それだけ。

食べ物だけでなく,ほかのさまざまなことについても,今のわたしは,何かを我慢するとか,これをしちゃいけない,とかもうあまりそういうふうには物事を考えていません。

ただ,そんなテキトーなわたしにも,一つだけ,常にわりと真剣に考えていることがあります。

それは,「エネルギーを最大限に活かす」ということです。
自分のエネルギーも,周りの人やもののエネルギーも。

それだけは,最優先で重視しています。

すべてはエネルギーの問題だと考えているからです。

先日,ある本を読んでいたら,こんなことが書かれていました。

「人生の目的」は,「自分自身を充分に生きる」ということ,「100%自分になる」ということです,と。

もちろん,いろいろな意見があっていいと思います。
ただ,いまのわたしは,これに心から同意しています。

「自分自身を充分に生きる」というのは,つまるところ,自分の生命エネルギー,すなわち,ヨガやアーユルヴェーダでいう「プラーナ」を最大限引き出すこと。

自身のエネルギーを最も無駄なく,最もよい流れに整えて,最も自分が楽しく,周りにも貢献できる形で発揮すること,になるのではないかと思うのです。

このようなエネルギーの循環を考えると,
1 取り入れる,2 流す・整える,3 使う の3つを考える必要が出てきます。

まずは,自分の内側に,どのようにエネルギーを 1 取り入れる か。

最初に頭に浮かぶのは,おそらく食べ物や水ですよね。

でも,わたしたちが「食べて」いるのは,食べ物と水だけではありません。
わたしたちの目は見えるものを,耳は音を,鼻はにおいを,肌は触れるものを…
わたしたちの心身は,あらゆる情報・エネルギーを「食べて」います。

つまり,何を食べ,何を見,何を聞き,何を嗅ぎ,何に触れ,何を感じるか…
そのすべてが,どのようなエネルギーを取り入れるか,に否応なくかかわって来ると思うのです。

わたしが自然にベジタリアンになって行ったのもそのためなのかなと思います。
いまの自分にとって,エネルギーをより良い形に保つために,無意識にこういう選択をしているのだろうという気がするのです。

食べ物に限らず,すべてをこういうエネルギーの観点から考えてみることが大切なんじゃないかと。
そうすると,自ずと答えは出てきて,それが自分の感覚や行動に繋がって来るのではないかと思うんです。

2 流す・整える も 3 使う も同じこと。

取り入れたエネルギーを心身においてなるべく滞りなく流すために,アーサナ(ポーズ)や運動をしたり,身体をマッサージしたりするのもいいし,何より,こころを健康に保つために,ポジティヴな捉え方をしたり,あるいは,泣きたいときは思いっきり泣いたりするのも大切だと思います。

そうやってつくり出した自らのエネルギーを,何に,どのように使うか,も「自分自身を充分に生きる」上で決定的に重要ですよね。

たとえば,しごとや専門領域。
一人一人が最適な形でエネルギーを表出していたら,世界はいやでも良くなってしまうと思います。

つまり,「エネルギーを最大限に活かす」ためには,食べ物,生活環境,しごと,人間関係…など結局すべてがかかわって来ざるを得ない。

それらのすべてを,自身の内側のセンサーの感度を高めて見渡し,いまの自分にとってよりよい状態に意識的/無意識的に整えることで,「自分自身を充分に生きる」ことができるのではないでしょうか。

今こうやって,この身体といのちを授かって生きているのです。
わたしは,自分自身を100%生き切りたい!
だから,エネルギーの問題だけを考えています。

あなたもわたしも,お互いにもっともっと自らのエネルギーを活かして,
自分も世界も,ますます輝かせてしまいましょ~^ ^

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アリゾナより近況報告!~確実に変化する10月帰国後のクラス&バリリトリートでの再会を楽しみにしています!

こちらの記事は,2019/09/27 nida’s newsletter ~ living in the moment -no128.-~より抜粋したものを以下に掲載しています。

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アリゾナ州フェニックス近郊よりNamaste!

nida ~生き方が自由になるヨガスタジオ@表参道~ の yukari です^ ^

アメリカに来てあっという間に約1ヶ月。

ロサンゼルス→ニューヨークシティ→アシュラムと旅した後,9/25夜に最後の目的地であるアリゾナ州・フェニックス近郊にやってきました。

(こちらの写真はNYにて!)

さて,実はnewsletterの次回発行は10/4(金)と前号では書いたのですが,何となく気分が変わりまして。

ここで今週末・来週末とヨガニドラーの上級トレーニングを受けてから帰国します。

18日間にわたるアシュラムでの日々から出て昨夜そのままアリゾナにやってきて,改めてあの時間の中で得ていたものの大きさをいろいろなレベルで痛感しています。

多分,アシュラムを出て直後はすぐかけないだろうなと思っていたのですが,
逆に,それを今そのままみなさんにシェアするのもいいかもしれないと感じて,予定を変更して書いてみることにした次第です。

ちなみに,その分,来週のnewsletterはお休みさせていただきますので,ご了承くださいませ。

次回は10/11(金)にお届けします。
ちょうど日本でのクラスも再開している頃ですね。

スケジュールはすでにお知らせしている通りたった1週間だけですが,
今回アメリカで体感したものがそのまま伝わる時間になると思いますので,よろしければぜひいらしてください。

さて,今の気分を一言で表すと,正直,「まいったなあ…」です(笑)

いろんな意味で「まいったなあ…」って感じているんですけれど,

核心的なことは,変化というのは起きてしまったらもうそれがなかった時点には戻れない,ということです。

みなさんも経験がおありではないかと思います。

とはいえ,変化って一言で言っても,いろんな規模,レベルのものがあると思うんですね。

そして,もちろんですけれど,特に,規模が大きくて,深いレベルで起きたものほどインパクトが大きい。

その人のあらゆる層において,未来において,否が応でもさらなる変化をもたらすことになります。

そもそもわたしが18日間アシュラムで何をやっていたのかというと…

とても「シンプルなこと」です。

朝3:45か4:45に起き,シャワーを浴びてから,聖典の朗誦,瞑想,朝ごはん,奉仕(わたしは昼食調理&湖のお掃除),昼食。

休み時間(わたしはほとんど一人で散歩,湖を眺めながら書き物をするかチャンティング)の後,再び奉仕(夕食調理),夕食,聖典の朗誦やキールタンの後,書き物をしたりルームメイトと少し話したりしてから9時くらいには就寝。

これだけです。

奉仕のお休みは1週間に1日ありますが,普段参加できないプログラムに参加したり長めに散歩したり書き物をするだけで,アシュラムの中でのシンプルな生活には何も変わりがありません。

アシュラムに入る前日,昨年バリでのEmilyのトレーニングに参加していた女性と再会しました。

彼女に,明日からアシュラムに入って奉仕に専念すると話したら,「奉仕をするためにわざわざ日本から来て,しかもお金を払ってステイするって,わたしにはとても新しい発想だわ」と素直に驚かれました(笑)

確かに,資本主義的なマインドで考えたらそうですよねえ(笑)

でも,それが「ヨガ」なんです。

真実を体感するために,献身をもってシンプルなことに没頭するんです。
ひたすら心を尽くして自身の神聖な役割をする。

それは,もちろん世界中どこででもできます。

そもそも,子育ても,仕事も,あなたの内側次第ですべて「奉仕」になり得ますから。
(でも,これについては浅い理解では真意が伝わらないと思うので,ここではとりあえず聞き流しておいてくださいね。)

とはいえ,わたしたち,その伝統に学ぶ者にとって,やっぱりこのアシュラムは世界中のどんな場所よりも美しく,力強く,わたしたちの持つ力が最も引き出され,学びが最大限に高まるところと言えるのだろうなあとも思います。

だからこそ,このアシュラムでその「シンプルなこと」に専念することによって得られるものには計り知れないインパクトがあった。

実は前にも書いたことがあるのですが,そう,「シンプルなこと」ほど力強いのです。

シンプルすぎてその時はわからなかったりするけど,気がついたら,いつの間にか大きな変化を経ているのです。

実際,一晩明けて今,自分の感覚と身体の変化に驚いています。

昨日出てくるときには自然に次のステージに移行できた感じがしていたのですが,
空港に着き飛行機に乗ってから変化の予兆を察し始め,今日になって心身の変化をさらに明らかに認識し,

移行には休息が必要だということがよくわかりました…

味覚も繊細になっていて,飛行機で出された紅茶さえ飲めませんでした。

ホテルでの朝ごはんの後に体調が悪くなりました。

外で食べる気になんてとてもならないので,オーガニックスーパーに行って買い物をして帰ってきたら,急に眠たくなってベッドに倒れこみました。

まいったなあ…

そして,この大きく深く変化してしまった心身でこれから何をするのか,何をどう伝えるのか…

これについても,まいったなあ…

長期のトレーニングとか経た後はいつもこういう感覚になるのですけども,今回はそれがより深いレベルで起きているのがわかります。

正直言って,我ながら,よくこうやってパソコンを打てているなあ,という感じで(笑)

でもね,それ,ネガティヴな疲労感とか虚無感とかじゃまったくないんですよ。

というのもね,わたしが今回最も腑に落ちたことは「信頼する」ことだからです。

結果が思い通りになろうとならなかろうと,
周りの人が何を言おうとどう思おうと,
たとえ自分の中でさえ知的には理解できなかろうと,

とにかく自分の直感を,自分の内なる先生を,自分自身の内なる(女)神を,
それに導かれて歩んでいる道を,ひたすら信頼すること。


それともう一つ。

「満ち足りている」ことです。

何が起きても起きなくても関係なく,ただ「満ち足りている」こと。

今回のアシュラム滞在の中で,ある重要なイベントの際にこういう話を聞きました。

本当に吉兆な3つのこと。

一つは,人間に生まれるということ。
二つ目は,真実を探究する道を進むこと。
そして,三つ目は,そのための導き手を得ること。

本当にその通りだなあと深く感じ入りました。

わたし,その3つをすべて得られたからこそ,今生のこの時点で,あのアシュラムにいられたのですから。

「シンプルなこと」を繰り返す日々の中で,それ以前まで以上にただただ「満ち足りて」いたし,今もそうです。

いろいろな感情や思考がたくさんやってきましたけど,それらを体験し観ていられることそのものにもひたすら感謝を覚えていました。

そして,この瞬間ここにいることの間違いなさをさらに確信しました。

願っていたけど叶わなかったことはたくさんありましたけど,根本的にはどうでもよかったですね(笑)

というか,ただタイミングではなかったということ以外のなにものでもないとわかっていますから。

むしろ,そのタイミングではないことも教えてくれる,
自らの内なる真実,神,グル −まあ呼び方はなんでもいいんですけど- への信頼がひたすら増していきました。

瞑想やチャンティング,奉仕,書き物,散歩…「シンプルなこと」なんですよ。

その中で,人間として生きている喜び,「満ち足りている」感覚が溢れてきます。

人生を生きていくのに十分な,いえ,これこそが最も重要な要素が自ずと培われていきます。

ただ,自らの体験からはっきり感じるのは,
こういうふうに「シンプルなこと」に没頭する際に,揺らぎない道に確立した導き手がいるかいないか,その導きに基づいた具体的な方法があるかないかは,決定的な違いを生み出す,ということです。

別の言い方をすると,なんとなく「シンプルなこと」をしていても「満ち足りている」ことや「信頼する」ことを学ぶことは十分できるはずなんです。

だけど,実際には,ほとんどできないか,あるいはものすごく時間がかかることが多い,とんじゃないかと。

(そして,それにはいろんな理由があると思っているのですが,これについて話すと長くなるので(笑)ここではこれ以上触れないことにします。)

少なくともわたし自身の経験からはそう思います。

話を戻すとですね,つまり,現時点では

「まいったなあ…」っていろんなレベルでかなり感じてはいますけど,
「満ち足りていて」,深く「信頼している」から, 根本的には何も心配していません,
ということなんです(笑)

そして,わたしは今後それを,言葉や知的な理解を超えて体験していただくプログラムを, さらに提供していくことになるんだろうなあ,と思います。

そんなわけですから,まず10/20-25のバリでのリトリートについては,間違いなく現地での具体的なスケジュール・内容が変わるでしょう(笑)

さすがのタイミングで,アシュラムで「マインド」をテーマにした特別なイベントに参加できましたので,

10/13(日),16(水)実施予定の受講者限定ワークショップ“Deep Dive into the Self 3: MIND”の内容もさらに充実しそうです。

もちろん10/10-16の1週間のレギュラークラスの一つ一つも変わらざるをえないでしょう。

まあわたしがこんなことしなくてもね,みんなアシュラムに行けばいいのかもしれないし,コアなヨガ組織で学べばいいのかもしれませんけど,正直言って万人向けじゃないとは思います,いろんな意味で(笑)

だから,わたしも,それをみなさんに勧めることって一切していないんです。

わたしの役割は「橋渡し」だと思っていますから。

わたしという媒介を通じて,「ヨガ」をより身近で実践可能なものとして活用してもらえるように,

そして,わたし自身が体験しているその効果をみなさんにも体感していただき,人生がより生きやすく楽しくなるように。

わたしなりにはかなりかみ砕いているつもりなのですが,それでも「コア」に感じられているみたいですけどね(笑)

まあそれは,ヨガ哲学の深さに基づくものなのでしかたないですね

わたしのせいじゃないです(笑)

ご存知の通り,8月末でstudio yoggyのレギュラークラスからも完全に離れました。

10月の帰国後は,基本的にnidaでのみ,ますますわたし自身の内なる「信頼」に導かれるままに

結果として生き方が自由になってしまう「ヨガ」をシェアしてまいります。

すでにnidaにはそれを共に学ぶあたたかなコミュニティが育っていますので,東京の中のゆる~い小さなアシュラムみたいな感じになっているのかもしれませんね。

「満ち足りている」生き方,「信頼」のある生き方というのは,本当は誰にでも開かれた,いつでもそこにある選択肢です。

ただ,それに気づくかどうか,それを選ぶかどうかは,それぞれの決断です。

それを決めた方には,きっと何かお役に立てることがあるかと思いますので,10月以降のクラス,WS,リトリート,プライベートセッションをどうぞご活用くださいませ。

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「一見相反するものから成り立つ ”ひとつ”」(nida’s newsletter no.4 より)

こちらの記事は,2017/02/10nida’s newsletter 〜 living in the moment -no.4-〜より抜粋して引用したものを以下に掲載しています。

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先週,yogaやアーユルヴェーダで言う「五大要素」(地・水・火・風・空)のうちの「地」をテーマに扱いました。

「地」には,他の要素に比べて,安定していて,重く,かたくて,密度が高いといった特徴がありましたよね。

さて,考えてみれば,この「地」に対して「空」では,いわばまるで反対の特徴がほとんどです。

動き回るわけではありませんが,軽くて(というか重量がない),手触りはなく,密度が低い(というか0)わけですから。

でも,思い出してみてください,世界のすべてのものは,このまるで反対のように見える「地」と「空」にさらに異なる水・火・風をも包含している,ということを。

純粋な「地」の要素のみ,というのは基本的に存在しません。
例えば,土を考えてみても,その中には水分も空気も含まれていますよね。

もちろん,わたしたち一人一人も,互いに異なる,相反するようにさえ見える特性を同時に持ち合わせています。

これって,当たり前のこととはいえ,改めて考えてみると,とっても興味深くて不思議だなあと,思うんです。

だって,自分の中にそれが同居していて,しかも,片方が深まると,もう片方がさらに活きたりするから。

例えば,ポーズの中でも,基盤となる部分の「地」が増すと,上部の方では「空」が増す感じがしませんか?

例えば,心が安定して穏やかになるほど,周りの人や出来事に左右されなくなりますよね。
つまり,自分の自由,スペースが広がるということ。

重くなるほど,軽くなる。
安定するほど,自由になる。

美しいバランスって,多分こういうことなんじゃないかなあと思うのです。

相反するように見えるもののどちらかに偏るのではなく,相反するように見えるものが互いに互いを引き立て合うような。

わたしたちには,相反するように見えるもののどちらも必要なんですよね。

呼吸は,吸うことと吐くことから成り立っています。
横隔膜は,上昇と下降を繰り返します。
肺は,拡張と収縮を繰り返します。

波は,寄せては返すことで成り立っています。
木は,葉をつけることと落とすことを繰り返します。
季節は,夏と冬を繰り返します。

相反するように見えるものが,どちらも在ることによって「ひとつ」を成り立たせています。

それは,すべてのものに共通する「本質」の特徴と言われます。

yogaのクラスで唱える「オーム」の音も,まさにそれを示すもの。
Aは「始まり」,Uは「維持」,Mは「終わり」。
「終わり」はまた次の「始まり」。
そして,どちらも繰り返しながら「ひとつ」として続いていく。

わたしの内にある,相反するように見えるものが,
わたしという「ひとつ」を成り立たせている。

相反するように見えるわたしとあなたが,相反するように見える天と地が,世界という「ひとつ」を成り立たせている。

そのどちらも,「ひとつ」の異なる側面なだけ。

yogaのpracticeは,まさにそれを学ぶためのプロセスなのだと思います。

相反するように見えるものから「ひとつ」が,つまりは「すべて」が成り立つ。

それは,当たり前のようで,実はとても深遠で美しいなと思うのです。

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「Prithvi ~地~」(nida’s newsletter no.3 より)

こちらの記事は,2017/02/03 nida’s newsletter 〜 living in the moment -no.3-〜より抜粋して引用したものを以下に掲載しています。

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そう,そろそろ戻らないとね,五大元素!(笑)

今回は五大元素のうちの一つ,「地」(サンスクリット語:Prithvi)の話を。

yogaやアーユルヴェーダには,世界のすべては,地・水・火・風・空 5つの元素から成り立っているという根本的な考えがあります。

あ,以前からしつこく申し上げていますが(笑)…
純粋な実物を想定するんじゃなくて,その「質」(quality)を見ることがポイントでして。

じゃあ,「地」の質ってどんなものでしょう?
考えてみてください。

たとえば…「地」には,ほかの元素に比べて,

 ・動かない,安定している
 ・かたい
 ・重い
 ・乾いている
 ・粗大
 ・密度が高い

…などの特徴がありますよね。

この「地」の質って,すごく大事だなぁと,
いや,まさにこれが根本だよなぁと,わたしは,日々生きていて痛感しています。

と同時に,いまの日本に生きているわたしたちって,総じてこの「地」が弱い傾向があるんじゃないかなあとも思うんです。

それって,本当に「地」から離れていることとも関連が深い気がしています。

わたしたちは実際に土を踏んでない。触っていない。
アスファルトでも固められた都会に住んでいると特に,土を踏むことがない。
いつも靴を履いていて,(特に今の季節は)室内でも靴下という人も多いでしょう。
裸足で地を踏みしめることなんて全然ない。

…なーんて考えていたら,思い出しました。
『天空の城ラピュタ』のクライマックスシーンでシータが叫ぶことば。

「ラピュタがなぜ滅びたのか、私よくわかる。ゴンドアの谷の詩にあるもの。
”土に根を下ろし 風と共に生きよう 種と共に冬を越え 鳥と共に春を歌おう”
どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ。」

わたしたちは,本来の在り方からズレた「土から離れた」生活をしていることを改めて思い出させられるのです。

わたし自身,もっと「地」の比重を上げたいな~と感じています。

都会での不自然なくらしに加え,自身の性質として,「火」が強く、知性・ことばに頼りがち。

それは,「悪い」わけじゃありません。
自身の「長所」とでもいうべき特徴であるとも思うのです。

ただ同時に,もう少しことばを少なく,ただどっしりと在る,という「地」の質ももっと上げて行きたいとも思います。

「地」を上げるのには,瞑想や,ゆっくりと動くことなどももちろんいいですね。

それから,わたしはいつも,友人のNaoちゃんが作った天然石のアクセサリーをしているのですが,こういう石のような「地」の性質を象徴するものを身につけたり,身近におくのも一つの手とされます。

タイのトレーニングで,私の先生が,「地」の象徴として水晶を神棚に置いていたのを思い出します。
(でも,あくまでも象徴ですから!石自体は何もしてくれませんから(笑))

あとは,イメージすることってすごくパワフルだと思います。
自身をどっしりとした山のようにイメージして立ってみる,とか(「タダーサナ」ってまさに「山のポーズ」ですね)。

というわけで,クラスでは,
身体の中の「地」のエリア=足~脚にフォーカスして,足の裏から根をどっしりと張り,そこから「地」のエネルギーを吸い上げ,またエネルギーをお返ししたりするつもりで動いてみたりしました。
あるいは,横たわって,自分自身も大きな山の一部であるようにイメージしてもらったり。
その中で,それぞれにどんな感覚・気づきがあったでしょうか?

わたしたちはみなそれぞれ五大元素のユニークな比率で成り立っています。
そこには良し悪しも優劣もありません。

でも,自分の中で何かバランスの悪さを感じるときには,必要な元素を意識してみる。
そして,その力を借りてみる。

「地」の力、その安定感,力強さ,穏やかさ。

わたしたちは全て同じ本質から成り立っているんです。
感謝をもって臨むのならば,きっと力を貸してもらえますから。

yogaやアーユルヴェーダの知恵は深遠です。

あ,これまでの五大元素のお話はこちらへどうぞ~↓

Jala

Akash

Agni

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「未知なる箱を解放する」(nida’s newsletter no.2 より)

こちらの記事は,2017/01/26 nida’s newsletter 〜 living in the moment -no.2-〜より抜粋して引用したものを以下に掲載しています。

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先々週,まあ正式には先週からですが,わたしなりに新しいことをスタートさせました。

といってもまあ,せいぜいこのnewsletterの配信ですから…
そんなにたいしたことではないんですけどね…

でも,わたしにとっては久しぶりにちょっと「プレッシャー」とも感じられることでして。

なのになんで始めたか?!といえば…まあ,いつも通りですよ。
思いついちゃったから始めたんです!(笑)

構想自体はもう昨年からありました。
 * newsletterを始めたもうちょっと深い(?)理由は→こちら

そして,今年の年明けに,なぜか一気にスイッチが入り,実質的な行動が加速して,2週間で具現化に至りました。

ところが,わたしおっちょこちょいなので,みなさんすでにご存知のとおり,テスト配信のつもりだったのに,一斉送信ボタン押しちゃって…

もう引き返せないじゃん…みたいな _| ̄|○

まあしかし,とにもかくにも,宣言しちゃった通りやらなきゃいけなくなったわけです…(当たり前)

でも,そのすぐ後のこと。

完全に心の準備ができてないままスタートしてしまったこともあり(笑),
正直,なんかちょっと恐れや不安のようなものが自分の中をよぎったんですよね…

「…わたし,別にすごく
お金があるわけでも 自信があるわけでも 経験があるわけでも 
後ろ盾があるわけでも すごい人脈があるわけでもないのに,なぜこんなことを,

もし自分の心身の調子がほんの少しでも崩れたらだれも助けても,だれも代わってもくれないような氷の上を歩くようなことを,何の迷いもなくやってるんだろうか?」…と(笑)

改めてちょっと離れたところから自分のしていることを見てみれば,ちょっと「フツー」と違うかも,とも。

そのときに改めて気づいたんです。

ああ,yogaは,わたしの奥深くにあった「未知なる箱」を開けてたんだなー…って。

以来,その箱の中に入っていたものが出て来るのが止まらない感じなんです,もうここ何年も。

だって,本来,外からやって来るものなんて一つもないのだから,すべて自分の内側の解放に過ぎないはずだと思うのです。

そして,「小さなわたし」にはそれを止める気がないのです。

「この社会に(無難に)適応する」ためには,もう少しコントロールした方がいいのかもしれないですよね(笑)
でも,無理にコントロールして合わせようとは感じないのです。

かといって,わたしの感覚としては,コントロールし切れないからしていない,あるいはコントロールをあきらめている,という感じでもないんです。

ただ,もっと繊細に気づくことが必要だなー,とは思っています。

内側のことも外側のことも。

(前回お話したように,わたしが気づいていないだけで,相手が耳鳴りを感じていたりすることもあるわけですから…)

気づく練習はしっかり積み重ねる一方で, 時折ふとこんなふうに不安や孤独を思い出したとしても,わたしは意識の解放とその具現化(=行為)をやめません。

yogaのことばを借りるならば,
わたしは,「小さなわたし」の中に現れてくる「大きなわたし」(Shiva)を信じる,と決めているので。

ちょっとした思いつきや欲望,ことばでは説明できないような直感には,奥深くにある未知の箱から湧き出る自分の本質が,チラッ と,あるいは,キラッ と垣間見えていると思うからです。

そのふとした瞬間を逃す,あるいは,見て見ぬふりをする,か?

それとも,そこから流れ星のように飛び出してきたものを見逃さずにとらえる,か?

これ,すごく大きな分かれ道なんじゃないか,と。

わたしは,後者を選択します。
その結果がどんなものであっても(イターい誤送信であっても(笑))

「成功と不成功を平等のものと見てヨーガに立脚して諸々の行為を」する(バガヴァッド・ギーター 2-48)ことを続けてみるだけ。

それは,やっぱり楽しいですから。
わたしにとって,それは喜びですから。

そして,とにもかくにも すべてがそのpracticeだから。

将来起こりうる危険への不安も,現在も振り返れば常に背中の後ろにある孤独も
ぜんぶ気づきながら,持ちながら,同時にそれらを越えた至福に満たされて生きて行くための手立てこそがyogaだと思うから。

yogaは,こんなふうに,あなたの「未知なる箱を解放する」だけの大きなパワーを秘めていると思います。

アーサナ(ポーズ)の先に待つ奥深いyogaの叡智には,きっとあなたの内側奥深くにある「未知なる箱」へのカギがあります。

それを受け入れるかどうかは,そして,箱を解放した後どうするか,も,あなた次第です。

…で,
元素の話の続きはどうしたかって?

もちろん,覚えてますよ!

ちゃんとしますから,たぶん来週こそは…(笑)

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